03 感情の制御

(1)辛い現実に耐える力を内に秘めた感情ができはじめる
(2)嬉々として悪をなし、悪への好奇心を乗り越える
(3)無口になる
(4)感情の揺れ・爆発を抑制でき始める
(5)願望と現実の区分
(6)興奮集中・抑止制御の基本が完成

 

(1)辛い現実に耐える力を内に秘めた感情ができはじめる

死の概念が完成する。親族・ペット等の死に際して本当に悲しんでいる。:事実としての悲劇を受け容れる力を身につけていく。悲しみに耐え、感情を統御する力を育み始める。

対照的なのは、2年生前後までの孫達。彼等が祖父母の死=通夜等に当たって、実に嬉しそうに振る舞うのは、よく観察されること。事態の深刻さを全く理解していない。親戚のおばさん達に囲まれて嬉しくて仕方がない。幸せな子供達。
(参考「喪の途上にて」p.102 「死ぬ瞬間」p.222 )

(2)嬉々として悪をなし、悪への好奇心を乗り越える

2年生の子供達が、イナゴ達をペットボトルに入れて、火に投じて大喜びしている姿(映画DVD「里山の学校」桜映画社刊に活写された。)に、「なんてことをするの。止めなさい!可哀想でしょ。」と反応する大人達がいる。少女時代、蟻やイナゴ・蝉など触ったこともない方々? アリたちを潰したり、トンボの羽をむしったり、蛙のおなかをなでなでして破裂させたりしたことが一度もない方々。実際には悪いたずらをしていたのに、すっかり忘れてしまっている方々。生まれてこの方、自分は悪いことは一度もしていないと信じ込んでいる方々が、子供達の倫理観の基準形成を邪魔立てしている。

子供達が元々持っている好奇心。その好奇心による他愛のない「攻撃性・残虐性・破壊衝動」が、蟻や蚊やゴキブリ、そしてイナゴや蛙・トンボ・蝉たちに対する悪事の発現・発露によって、(後味の悪さを伴いながら)9歳前後までに消化され、緩和されていくことは、昔から大人達が知っていたことだ。

「倉橋惣三『児童心理』講義録を読み解く」株式会社萌文書林刊2017年6月初版第1刷64頁に「大人から見れば悪と思われても、自然のふむべき道を通っているということは意義あることである。」「虫を殺したいとき、やんちゃをすべき時には、やんしゃをやらせて、さっさとその時期を通る。もしそれをためておくと、後によくない。」とあった。

青年期における残虐犯罪の根は、(幼年期に悪を全くなさず、実体験により、正邪の分別を身に着けることなく)9才の節を順当に超え損なった少年達の心に、すでに9才以前に作られているという指摘は、原田正文氏らによって発表されて久しい。子供達が元々持っている「他意なく悪をなす可能性」-嘘・盗み・破壊・意地悪・裏切りなどーは、アリやイナゴ・親兄弟・友達・先生方を踏み台にして、何度も恥をかきながら、修正制御されていくのだ。

静岡県出身の1人の男子大学生(20歳前後か?)が、東京の親戚の家で1匹のゴキブリを発見してパニックになったというお話―10年以上前何かの雑誌で見たーは、この国の子供達の野生性が崩壊している実態の一端を示しているに過ぎない。笑って済ませられることではない。彼の母親か父親が息子に対して、1匹の虫にも冷静に対応できない幼児性を固着強化させてきているということだ。

(4)感情の揺れ・爆発を抑制でき始める

道端で苦しむ野生生物を「助けてあげて!」と言って動物病院に連れてこなくなる。(竹田津実2009.12子供の本棚巻頭エッセイ)
:野生動物への端的な感情移入をしなくなる。「苦しむ動物を可哀想」と思いつつも、冷静でありうる。

人種による差別的な偏見を変えられなくなる。
::価値判断の基準を変えられなくなる。客観的な認識力と主観的な偏見が共存し始める。
(斉藤環2010.4.11毎日新聞朝刊第2面)

(5)願望と現実の区分

写真のような写実画・立体画を描けるようになる。
素描に関心を持てる。:自分の願望・主観とは全く別の客観的な現実を受け容れられる。
理科に興味を覚える臨界期(9-10歳)(日本物理教育学界 2007.9.10)
サンタクロース・あの世・地獄を疑い始める。:事実と願望・虚構の違いに気づく。
(9歳までに戒律としての宗教=殺すな、盗るな、騙すな=に触れることの重要性。)

科学と信仰・科学と超常現象・創造性と神秘性がいったん分離し始める。
分離体験を経て後、科学の先端に至って人は、科学者でありながら、神や仏の存在を受け容れることが出来るようになる。「最先端の科学者たちは、全員が無神論者である」との受け止め方は、敗戦日本の民主教育の素朴な誤解である事は、海外の学会に出席した者が最初にぶち当たる現実。神の存在を前提にして研究を進め、ノーベル賞を受ける方々がいるということ。アメリカ大統領は、牧師の立ち会いの許、神に向かって、「宣誓式=戴冠式」を行っている!「神・仏を信じる者達は愚か者」と思い込むことの危うさに気づく時が来た。

(6)興奮集中・抑止制御の基本が完成

正木健雄先生は10歳くらいまでに遊びなど(折り紙・かくれんぼ・虫取り・分解・読書・喧嘩など)(逆にゲーム・ビデオ・テレビは子供たちを受動的な指示待ち人間にする。)を通して、食いついたら離れないくらいの集中と興奮を持続させる熱中体験が、大脳の発達を促すという。

興奮と抑止という背反する力がともに十分に発達していない子供は、抑止の力が未発達と言える。重要なのは、熱中体験を通して、脳の興奮を持続させる機能が先に発達させられてのちに、抑止力がついてくるということ。
抑止の力を最初につけることは不可能だということ。それは抑止力ではなく無力感の学習だということ。興奮を抑える学習は可能だが、抑止=無力感を有能感・興奮に移行させるのは、困難だということ。

いったん興奮すると抑えが利かない、ちょっとしたことで切れてしまう、泣き始めると泣きやめないなどの制御困難状態は、10歳くらいまでに一心不乱に遊び、食いついたら離れない集中力を発揮し、運動神経と感覚神経をとことん研ぎ澄ませる毎日を送る子供たちにはあり得ない。

脳が持つべき抑止力を引き出すには、熱中して遊ぶ体験が大切だ、と正木先生は言われる。
先生は2015.7.19逝去。85歳。40年に及ぶご指導に感謝。

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