04 上記以外に重大な影響を受けた方々

(1)学校の成果は教員の力如何であることを教わった:斉藤喜博
(2)斉藤先生考案の「リズム」を社会館で使わせて頂いている:斉藤公子
(3)社会館のリズムと歌の発想の原点を教わった:丸山亜季
(4)社会館保育の目標の原点となる9歳の壁・節の存在を研究された:高垣順一郎
(5)シュタイナースクールの発想法は「森・里山保育」の根っこに繋がっている:シュタイナー
(6)保育士の指導より子供たち自身による「気づき」を優先させる社会館方式の元となった:遠山啓
(7)「混沌から秩序へ」は常に変わらぬ社会館の流儀である:森岡正博
(8)「意味としての言葉」以前の「音としての言葉」を幼子達に与えているか:大貫妙子

(1)学校の成果は教員の力如何であることを教わった

斉藤喜博先生(島小学校・境小学校校長)

斉藤喜博先生は、群馬県の島小学校・境小学校校長として自ら国語等の教鞭を執り、小学生がその全身全霊を注いで授業に参加できることを示してくれた。子供達の写真群は、私に圧倒的な印象を残した。学校の成果は、子供如何ではなく、教員の力如何に係っていることも明白に示されていた。

(2)斉藤先生考案の「リズム」を社会館で使わせて頂いている

斉藤公子先生(サクラ・サクランボ保育園)

斉藤公子先生は、私が千葉県職員として出張視察が出来た頃に伺った深谷のさくら保育園の保母であった。未だ40歳代であった。西久保保育園(近藤茂樹園長)の園田とき先生のご紹介であった。東京女子高等師範出身の才媛。このように知性と自信溢れる方が、田舎の保育所にいるということが驚きであった。サクラ保育園の環境の素晴らしさに私が触れた時、彼女は、「保育は筵(むしろ)1枚で出来ます。環境のせいにしてはいけませんよ。」と言われた。1人の人間として圧倒的な説得力を持っている人だった。

彼女が発明した「リズム」を私は、社会館で使わせて貰えて本当に幸運であった。「リズム」なしの社会館保育はあり得ません。斉藤先生は、後日サクラ・サクランボ保育園から排斥されて、主に沖縄に迎えられて最後の力を振り絞るように指導の年月を送られたが、2009年2月沖縄への飛行機の中で亡くなられたと聞いた。斉藤先生に木更津に来ていただいたのは、30年前だったか。

(3)社会館のリズムと歌の発想の原点を教わった

丸山亜季先生(サクラ・サクランボ保育園:リズムと歌の指導者)こと

丸山亜季先生は、深谷のさくら保育園で実施されていた保母学校の指導者であった。毎週水曜日夜、ピアノを弾きながら歩き方から始まるリズムと歌のレッスンを指導されていた。音楽教育の会を林光先生と共に主催されており、私達は、ここで発行されている歌集から園で使われる歌を選んでいった。「子供は走るもの。」「子供の曲のテンポは速いもの。」「子供は自分がその中の主役になりきって歌える歌を好む。」「子供の歌は、途中での転調等があった方がよい。」
 
今までの小学校唱歌、童謡が木更津社会館保育園から消えていった。丸山先生も逝去された。なんということだ。できることは、その気迫・迫力・知性を忘れないこと。

(4)社会館保育の目標の原点となる9歳の壁・節の存在を研究された

高垣順一郎先生(立命館大学教授・元少年鑑別所職員)

高垣順一郎先生は今京都の立命館大学で教授になっている。30年以上前に関西地区の一少年鑑別所の職員だった頃出された論文で、「9歳の節を越えていない少年達が、少年院に入ってくる」ことを指摘された。自己のそれまでの人生を物語にして総括できないこと、自己の犯行を、「気がついたら」とか「何となく」とか、自らの意志と関わりのない人ごとのような偶然の出来事として受け止めようとすること、自発的な目的設定・目的に合わせた手段選択を出来ない。計画性・自己感情の関与・結果に対する責任意識が曖昧など。少年犯罪を減らすために明快に課題設定をしていた。

私は、この論文によって9歳の壁・節の存在を知った。
これが後に、社会館保育園の目標:誰もが「9歳までに自分は生まれてきてよかったのだと思えるように」につながるのだ。

(5)シュタイナースクールの発想法は「森・里山保育」の根っこに繋がっている

シュタイナースクール(幼児教育学校)

シュタイナースクールの存在を私は、子安美智子氏の体験報告で知った。2ヶ月単位の集中講義を基本として、人の能力・時間を細切れにせず、人智を総体として発揮させようとしていること。戦後のコアカリキュラムのような総合学習を主としていること。生徒が非常に能動的であること。記憶するために忘却が必要であること。人は7年単位で成長すること。論理性抽象性は教育段階の後半に置かれること。前半には感性や直感力が重視されるべきこと。そのためには人工物より自然物の方が有効であること。卒業生の中には、医者・研究者や芸術家が少なくないとのこと。明らかに1人1人の創造性を養っている学校であった。

シュタイナースクールの発想法は、社会館の「森・里山保育」をやんわりと是認しているように私は受け止めている。

(6)保育士の指導より子供たち自身による「気づき」を優先させる社会館方式の元となった

遠山啓先生(数学教育協議会)

遠山啓先生は、数学教育協議会を作り、タイルのイメージを活かして、水道方式と言われる算数の教育方法を主唱された。これは子供達の算数・数学の学習が直感によって行われていることを指摘した。更に、学校教員が算数教育を子供達に授けられるのは、子供達の事前の自己了解・自己発見が必要条件であることも明らかにしていた。学校は、子供達に何かを教えていたのではなく、既に子供達の意識、無意識の中にあるイメージに言葉を付けて見せていたというのだ。言葉は目に見える映像の後について行けるだけなのだ。その映像・イメージを欠いている子供達には、算数教育は不可能であったのだ。

私が、保育士達による子供達への指導よりも、子供達自身による「気づき」自己発見を優先させようとする理由は、遠山先生のご指摘があったからなのだ。

(7)「混沌から秩序へ」は常に変わらぬ社会館の流儀である

森岡正博先生(「無痛文明論」著者)

森岡正博先生の大著「無痛文明論」は、戦後の日本人の目標設定に根元的な誤りがあったことを指摘していた。「危険・抵抗感・手応え・緊張・葛藤を完全に排除した安全・快適・便利さ・安楽さ・計画性・予測可能性が、逆に、人々を苛立たせ、攻撃的にさせ、内向させ、相互破壊から自己破滅志向にまで追い込んでいる。人の自己家畜化は、完璧、極限に近づいており、今までの常識が理解困難な「破滅念慮としか言えない諸事件」を続出させている。人には、安楽安全でない場面・時間が必要だが、それさえも現代文明は、ギャンブル等として自己の装置に取り込んでしまっている。」

森岡氏の指摘は、人の統御が遂に及ぶことがない、自然そのものを子供達に用意する「森・里山保育」の現代性・可能性を示唆している。泥んこ・怪我・喧嘩と子供集団の自律性とがアマルガムになって、発展途上国の子供達の様な子供達が、木更津社会館保育園には生きている。不足・不満を怒りに直結させず、創意工夫・ユーモアに昇華させる子供達がそこにいた。痛みや葛藤・苛立ちの原因を人の悪意に帰することなく、一瞬憮然としつつも「ゴクリ」と呑み込んで、淡然としてやり過ごす雅量・胆力を社会館くじら組の子供達は持っている。

日本で、改善・合理化は、限度を超えて進められて、従業員達を苦しめ、安心感・満足感を蒸発させてしまった。変化はたやすい、安定は困難な課題だ。マンネリはたやすい、変革は困難な問題だ。変化しつつ変化していないように見せる。(マクドナルドハンバーガーの味は半年ごとに変えられている。が外からは分からない。)安定しつつ安定していないように見せる。(ホテルの内装。3年に1度改められるが、客を不安にさせるような変化はしない。)

1人1人の人の欲求自体が、矛盾をはらんでいるのだから、答えもその矛盾に対応していなければならない。
ユダヤの101人会議が、全員一致は、自動的に否決と決めていると聞く。不完全な人間達が全員1つの意見になったということは、その意見の不完全性を証明していると彼等は言う。”Bettet is best.Best isNo!.”なのだ。山形県酒田市の本間家の家訓に「財産は溢れさせるな。溢れそうになってきたら、世のために使ってしまえ。」があった。「何でも完成させるな。完成しそうになったら、壊してしまえ。」と言ってよいのだろうか。「熟せば腐るのは、自然の法則。」だとしたら、熟させなければよいのだが、人は、永遠の未熟・半熟に耐えられない。身の破滅が予感できても、時には破滅して無一文になって安心したいのだ。
が、これはやはり未成熟な自己中心人間の台詞。大人は小さな破滅の連鎖をシステムに組み込んで、全体を守る。
 
社会館保育園が、システムとして泥んこ・怪我・喧嘩と子供集団の自律性とをごちゃごちゃのアマルガムにして、小さな混沌雲をくじら組の全体宇宙に織り込んでいくやり方は、非常に賢い生き方に見えてきた。

「混沌から秩序へ」は、常に変わらぬ社会館の流儀だ。
子供達に初めから秩序だった世界を用意しない。先ず未完、先ずゴチャゴチャ、先ず混沌がスタート。それは岩登りの第1歩。与えられたゴミの山を宝の山にするのは、子供達の構想力・構成力・想像力。そこに意識された定石はない。
しかし子供達の目がキラリと光ったら、子供達がごそごそと動き始めたら自ずと道は拓けていく。人は、立ち往生していてはならないのだ。動いてみれば、今まで見えなかった手がかりを見つけられるかも知れない。動きながら考えて、考えながら動く。それが子供達の遊び。

20歳の若い保育士達が保育の計画を立てたとしても、子供達の構想力の足元にも及ばないこともあるかも知れない。
だから少なくとも、子供達を見くびることなく、その動きの中に、光って見えるものを探し続けることだ。

(8)「意味としての言葉」以前の「音としての言葉」を幼子達に与えているか

大貫妙子(音楽家)

大貫妙子という音楽家が、2015年5月30日朝6:45、NHKラジオ番組で語っておられた。
「私は作曲してから作詞をする。」何らかのきっかけがあった時、まず音が頭に浮かぶ。その音の連鎖を一つの曲にまとめ上げることが、構想の第1歩だ。その時、大貫氏は、何らの言葉も台詞も必要としない。必要なのは心の動き、それだけ。

言葉以前を私宮﨑は気にしてきた。「まず言葉があった」という、西洋の古書の断言に違和感を持ち続けてきた。「まず言葉以前があった」のだ。音楽を日々創造する大貫氏が、「言葉は後からやってくる。音が言葉を生み出してくれる。」と言われるのを聞いて、木更津社会館保育園が、わらべ歌とともに、感情爆発としての子供達の喧嘩を尊重し大切にしてきたことを思った。

人間存在が「話せば分かる」存在なら、喧嘩は不要であり、犯罪も戦争も起きないだろう。が、耐えがたき原爆体験を突きつけられても、軍隊は解散されず、警察も刑務所も廃止されない。話しても分からない人達がいるからだ。彼等がきちんとした思考力を持っていない場合もあるだろうが、実は言葉以前が人を動かしているからだ。

言葉以前とは、感情・感覚だけでなく無意識の作用でもあり、たぶん人が混沌・未分・不思議・不可思議の世界に在籍することでもある。これらを幼い頃から大切に慎重に養ってきたかどうか。その結果が、あなたが「音楽家大貫妙子」に共感できるかどうかを決めてきたのだ。
実際「話せば分かる」のなら一切の芸術は不要になる。ソ連の共産主義者達の断言では、芸術はただ現実・事実を描写するためにだけある。「心の動き」など一切必要としない。素朴に実在し、目に見え、耳に聞こえ、肌に触れるものだけが真実であり、それらを写真機のように忠実に写実することだけが芸術の役割。「ロバの尻尾で描かれたような」(ソ連首相フルシチョフ)抽象画も幼児画も社会主義レアリズムの彼岸にある無意味な存在。ショスタコービッチの苦しみを思う。

「音が言葉を引き出す。音が言葉を支える。」としたら、「意味としての言葉」以前の、「音としての言葉を幼子達に与えている」保育者に私達はなっているかどうか。

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