02 新たなことに挑戦するに際して

(1)新しい挑戦の前に必ず仮説あり:板倉聖宣「仮説実験授業」
(2)物事を決定することの厳しさと楽しさ:「民主主義は多数決のことではない」
(3)自己の認識は永遠に仮説であるとする謙虚さ:ディベートの衝撃的な真理観
(4)多数決という決定方法が有効な場合と危険な場合があること:「満場一致は自動的に否決」という101人会議の人間観

(1)新しい挑戦の前に必ず仮説あり

板倉聖宣「仮説実験授業」

〇実験の前に仮説を立てることの重要性
板倉聖宣氏の「仮説実験授業」を知らされたのは、20歳の頃、北大教養部の学生として北大理学部教授堀内寿朗先生のご講演を聞いた時だった。先生は、国土社刊「未来の科学教育」を挙げて「是非読むように」と仰った。それは衝撃的な書物であった。それまで、戦後の「相当未熟な民主主義教育」を受けていた私にとって、「仮説を立ててから実験をする」という発想自体がショックであった。

それまで、人は白紙のままで先人の研究実験の成果を先ず学び、先例をなぞるように実験をした結果を見てから、もう一度自分で考えるのだと私は思っていた。ところが何と板倉先生は、小学校の3年生でも6年生でも、「先ずそれまでの個人的な経験を元にして、仮説を持て。」というのだ。「未熟な人間が、お粗末な経験と思考力で仮説を立てるよりも、先ず実験をしてみる方がどれ程時間の無駄がないだろう。」と私は思っていた。しかし先生は、「先入観なし、予測もなし、全く白紙の心で実験に臨もうとする従来の日本の学校のやり方は時代遅れだ。」と言っておられたのだ。

〇議論を尽くした仮説を通してこそ「分かる!」が得られる
事前に仮説を立てるだけでなく、何人かでその仮説を立てた理由を説明しあって、意見の違う人が自分の考え方に同意してくれるように説得せよとも、板倉先生は言うのだった。説得しあい説明していく内に、自己の考え方が更に磨かれ、またはその間違いに気付くことを彼は期待していた。

従来の考え方からすれば、こんな議論そのものが無意味であって、すぐに実験をしてしまえば「ドンピシャリ答えが分かる。理屈など要らない。」というものだ。しかし先生は、「分かる」ということの中身を私の学校常識とは違う意味に解しておられた。
「分かる」とは、実感を以て、心の底から「ああそうか!」と納得すること。「そうかも知れない。」ではなく、様々な可能性を事前に論理的に自分の言葉で想定した上で実験。結果として、それら他の答えが全て間違っていると分かった上で、残る一つが正しいと合点すること。

〇世界初の実験は仮説無しに実行できない
そもそも仮説なしで実験が不可能であることを、学校は私に教えてこなかった。予断なき学習・予測なしの実験等ありえないことを私は気付かなかった。日本の学校がすでに外国人によって実験検証済みの実験結果を追試しているだけであったことに私は気付かなかった。
 
その実験がその実験目的が世界で初めてであったとしたら、実験結果を予測し実験経過を仮定せずに、実験装置の準備も実験素材の設定も出来やしないではないか。その結果予想も経過の仮定も議論を通してこそ熟していくものではないか。「何となく、直感的にそう思った」ことに、人は後から理屈を付けるのではないか。「理屈を付けるために」仲間に助けられる討論会が有益なことは当然のことではないか。

(2)物事を決定することの厳しさと楽しさ

「民主主義は多数決のことではない」

「民主主義は多数決のことではない。」と知った衝撃的な2つのことがある。

①多数決が常に正しいとは限らない
「仮説実験授業」が、城丸先生の体育の授業と同じように民主主義教育の一環であったことは、私に大変な衝撃であった。「民主主義とは多数決のことだ。」と私は小中学校教員達から教わっていた。「多数決で人びとは正解を決定してよいのだ。」と。「仮説実験授業」は実験前の討論のあと必ず、多数決を採ってから実験をした。その際、必ず少数意見もはっきりとさせておくのが、この手法の特徴であった。そして驚くべきことには、実験結果は、「多数決が常に正しいとは限らない」ことを証明してしまうのだ。

つまり、国会等における多数決とは、「総意を、便宜的に決定しているとしても、常に正しいことを決めているのではない」ことを「仮説実験授業」は生徒達にはっきりと教えてしまうのだった。40名の生徒中ほんの3名しか同意しなかった答えが、実験の結果正しいとされることがあるのが、科学実験である。多数派である残る37名の意見が、間違っていたことが分かった時の生徒達のショックは大変なものがある。たとえ3名でも正しいことは正しいと「仮説実験授業」は教えてくれる。それは「それでも地球は動く。」と呟いたガリレオガリレイの心中を追体験することでもあった。「科学的な真実は、コンセンサスでは決まらない」(クロード・アレグレ)のだ。

②独裁的な立場の人間が必要な場合がある
私が受けた戦後民主主義教育が孕んでいた、もう1つの欠陥を知らされたのは、木更津市保育協議会が主催して「人形劇の全て」を学習しようとした時であった。その指導者として東京から招かれた方(もはやそのお名前も記憶しておりません。済みません。)が、人形劇講座の始めに言われた一言が、私の頭を貫通した。
「先ず始めに、誰か1人を選んで下さい。その方の役割は、シナリオや音楽や人形の雰囲気などを決める時の最終決定をすることです。映画の監督や音楽会の指揮者は1人でしょう。小説は多数決で作られていますか?1人の作家が作ります。人形劇にも監督に当たる役割が必要です。それは独裁的でなければならない立場です。」

全ての決定は、常に「民主的に」多数決でやるとだけ、小中学校で学習してきた私は、独裁者の存在が許されるどころか必要である場合があることを知らされて、驚くばかりであった。その後、ある雑誌の編集長が、編集会議を「民主的に」開催して、結局クビになったことも知った。彼は、編集会議が次号の編集方針を巡って紛糾するたびに、多数決で決定を繰り返し、自ら判断することがなかったらしい。雑誌の売り上げは激減して、自分の首を絞めてしまったのだ。

雑誌の編集長の役割は、小学校の学級会の司会者ではなかったのだ。会議が紛糾したら、多数決に逃げ込むのではない。参加者の意見を充分に聞き取った上で、編集長自ら最終方針を決断すること。最後の孤独な決断を出来る人が編集長となるのであった。

保育園の保育は、芸術・雑誌・オーケストラと同じ、と私は考えた。「孤独な独裁者でしかありえない、オーケストラの指揮者と全く同じ」保育園園長の役割の厳しさ、そして楽しさを思い知らされた人形劇講座であった。

(3)自己の認識は永遠に仮説であるとする謙虚さ

ディベートの衝撃的な真理観

〇ディベートの衝撃的な真理観:真理はその場の議論で決められていくもの
ディベートは更に、現在も変わらないヨーロッパの人びとの真理観を私に教えてくれた。それは、「真理は必ずしも1つではなく、客観的に存在するのでもない。真理はその場の議論で決められていく。」というこれまた衝撃的なものであった。
名著「古事記の世界」を著した国文学者西郷信綱氏は同書の序言で「真理は、ドンピシャリ只1つ。」と断言されていた。素朴実在論に立つ多くの日本人達にとっても「只1つ」論はなじみやすい考えであった。

しかしヨーロッパの知恵者は違った。

〇「真理」ではなく議論を尽くした「仮説」こそが重要
14世紀のヨーロッパの大学で始められたキリスト教神学の1部門であった弁神論は、ディベートという討論法を採用していた。
それは、1つの主張には必ず反論が可能である、とする。例えば昔ローマ法王庁は「地球は平らだ。」と主張していた。そこで人は「地球は平らか丸いか。」を議題にして討論をした。私は先ず「地球は平らである。」と相手に認めさせなければならない。ついで私は「地球は丸い。」と主張して相手を再び納得させてしまわなければならない。
そこで求められているのは、「何が正解か、ではなく、如何なる立場・主張であれ、自己の考えを相手に納得させてしまう論証の能力」であった。キリスト教関係者は、このようにして「神の存在を証明」する立証能力を磨いてきたのだ。

自分が依って立つ立場を対象化し、いわば論敵の立場に立って自己の理解をチェックするレッスンが、どれ程人びとの思考を深めたかは予想に難くない。権力の暴力によるだけででなく、対等の論戦の場で相手を説得することをキリスト教関係者は追求していた。これは大した民主主義的な態度ではないか。
対等なもの同士による論理と論理の対決で問題に決着を付けようとする思想は、言葉を信頼する人びとによって初めて可能であり、そこに言葉による契約が神との間でも人との間でも成り立つのであった。

契約も含めて全ては「仮説」なのだ。「真理」ではないのだ。どこかに「真理」が潜んでいて、我々はそれを掘り起こすのではない。私たちの言葉・思考が「仮説」を産み出し支えていくのだ。

世の中の「真理」は常に「仮説」なのだ。

〇西洋医学の真理観に基づく謙虚さ
西洋医学も東洋医学も有効である。が、西洋医学が東洋医学にいささか優越しているのは、自己の認識が永遠に仮説であり永遠に改善されていくことを明確に認めているからである。西洋医学の論理は常に開かれており、如何なる批判も無視しない。自己の絶対性を主張せず、新しい知見に基づいて、大胆に治療法を変更する。

人びとの命に触る医師達のこの謙虚さは、戦後民主主義教育の基本そのものである。このような西洋医学の真理観こそは、ヨーロッパの伝統的な真理観であった。

(4)多数決という決定方法が有効な場合と危険な場合があること

「満場一致は自動的に否決」という101人会議の人間観

〇「満場一致」という共産党大会の原則
各国の共産党大会は独裁政治の方針決定に当たって、満場一致を原則としてきた。反対者は、時にその後、自分自身の粛正、死を覚悟しなければならなかった。異分子がいない強固な全員一致の意思統一は、あらゆる国の共産党の理想型だ。これは、共産主義国ではない日本にあっても農漁村を原点に、生活、政治上の全体意志を決定する時に期待されてきた理想的な集団運営上の常道であった。

しかし、日本の学校は、大政翼賛会が独裁した戦中の政治体制の大失態を反省して、独裁体制拒否、民主主義体制歓迎の姿勢をこの65年間維持してきた。何かを決めるに当たって、多様な意見が提案されること、それらの意見の長短が公開の場で討議されること、その最終決定は多数決によること。学校生徒であった、私はこのように教えられ、新日本建設のためには、多数決で物事を決めることが最も適切な市民の常識だと信じてきた。

ここには、「少数意見がある方がよい」という条件は全く付いていなかった。共産党大会の満場一致の姿にただならぬ気配を感じ取ってはいても、「全員が一致して賛成」という姿に、私は何らの違和感もなかった。自分たちの学校でも、部落の集会でも「拍手で賛成の意思を表して貰って、全員賛成、原案可決!」というやり方は、今日の日本にも通用する当たり前の態度であった。

〇「満場一致は自動的に否決」という101人会議の人間観
この態度・頭を打ち砕いたのは、ユダヤの101人会議であった。

「不完全な人間達が集まって、もしも全員が賛成するような進路・方針があったとすれば、それは明白に不完全に違いないので、自動的に不完全・不適切・不可と判定される。」「満場一致は自動的に否決」というのであった。
ここでは1人でも反対があって、多数決されたことなら良しとされていたのだ。1人の反対が、多数派の考えの正当性を保証していたのだ。

〇対日開戦に反対した唯一のユダヤ哲学者
1941年12月8日、日本海軍による真珠湾攻撃はアメリカ国民の8割を占めていた戦争反対派を一気に賛成派に変えた。大統領の「だまし討ち演説」を受けた議会は対日開戦を熱烈に承認。そして、驚くべし。その劇的な議決に1人の反対票があったと聞く。

ジャネット・ランキン:女性の戦争反対論者。国を挙げての怒り・興奮の中にあっても、アメリカ人達は冷静に、ユダヤの哲学を1人の女性が実践していると受け止め、唯一の反対行動を受け容れていた。ここには、日本人が考えもしなかった、少数意見に対する肯定的な受け止め方があった。

〇意思決定方法に関する「仮定」(宮崎 考)
以上により、私は意思決定方法について以下のように考える。
 ① 少数意見は、ない方がよいのではなく、ある方がよい。
 ② 人々の意見は一つであり一様であるよりも、多様多彩であるのがよい。
 ③ 「それらの多様な意見から1つの意見を選ぶには、即指導的な人が独裁的に決める方法と参加者による多数決による方法がある。どちらも議論なしで結論を得ることが可能だ。その会議に出席する時に、参加者の考えは決まっているのだから。」この考え方は、「真理は仮説。常に検討され検証されていく。固定しない。」というヨーロッパの真理観とは反対のものだ。
 ④ 「多数決に到る途中で、参加者達は、参加した時の自己の考えを対象化し自ら検討する」道を通るのがディベートのやり方だ。自らの考えに対する反論を、自ら行い、徹底的にその欠点を追求するというプロセスを通過して後に、「自分の考えがどちらであったのか分からなくなった。」とディベート参加者が告白することがある。人の考えが概して根拠薄弱のまま固定されていることを私は、20年に及んだ千葉県保育専門学院の哲学の授業を通して気付かせて貰っていた。人の考えは冷静な議論を通じて深められ、修正されていく。
 ⑤ にもかかわらず意見は割れる。それが「人々が決定する」ということの中身であり、多様な生き方が認められている日本の、自然の姿だからだ。
 ⑥ 人は自己の意見を1つにまとめて後にも迷いが残るものだ。自己の心中も多数決をしており、全体決議で表面に現れた少数意見は、参加者1人1人の心の中の迷いの地図そのものなのだ。
 ⑦ 時代が流れ変化していく中で、「全員が賛成した時、もはやその決定は時代遅れ」という悲劇が、その案件が重要であればある程起きる。
 ⑧ その意味で、少数意見が人々の未来を先取りしていることがある。
 ⑨ というわけで、多数決という決定方法が、有効な場合と、危険な場合があることを私達は知っているほうが身のためだと私は仮定している。

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