[NEW] “真逆” 40年間の試行錯誤

“真逆” 40年間の試行錯誤 new

1.はじめに
2.本園と他園(幼保混在の複数園)の対比
園庭 / 室内 / おもちゃ / 生活 / 食事 / 遊び / 散歩 / 社会性 / 喧嘩 / 保育士 / 絵画(課題画) / 絵画(自由画)
3.「真逆」についての考察
4.おわりに

はじめに

園長就任以来30年、園長宮﨑は保育実習を、「実習生を送り込んでくる保育士養成校の問題。どうぞご自由に見ていって下さい。」と軽く受け流してきた。
10年ほど前「保育実習が保育士養成課程の要であり、その実習生のその後の保育士人生の動機付けを左右している。」と気付いて私は態度を変えた。「実習後半のどこかで、必ず、園長自ら、実習生からの質問に答える。」と。
そのやり取りの中でで気付いたことが、「真逆」。実習生が以前に体験された他の幼稚園・保育所の保育・給食・環境設定と、木更津社会館保育園のそれが「真逆」であるらしい、ということ。以来、多くの実習生の内、明確に「真逆」に気付いている方々から、実習終了後にまとめて頂いた対比表から、何がどのように「真逆」なのか、まとめさせて頂いた。

本園と他園(幼保混在の複数園)の対比

他園とは、幼保混在した複数の園の総称であり、それらの印象をまとめたもの。特定の1園のみを指しているものではありません。
また下記の表は、8名の保育実習生の方から頂いた、多岐にわたる感想を、園長が多少の微調整の上でまとめたものであります。

本園と他園(対照園)の対比表
(保育実習生8名による記録より抜粋)
社会館 対照園
園庭
・凸凹 ・平ら
・毎日形が変わり年5回大変化する。 ・一年中変わらない。
・掘られた後はそのまま。 ・常に平らに整備されている。
・園庭全体が砂場 ・園庭の一角が砂場
・固定遊具が園庭全体に転々と配置 ・固定遊具がコの字に配置
・園庭の真ん中が空いていない。 ・園庭の真ん中があいている。
・フライパンやまな板など家庭から集められた炊具・トロッコ・スコップ等がある。 ・プラスチックの子供専用のオモチャ類がおかれている。
・園庭の設定、子供の実力よりちょっと上・常に子供たちに緊張感を与える。 ・園庭の設定、子供の今のレベルに合わせる・低いレベルに合わせると、気が緩み油断するので危ない。
・園庭の設定、一見危ないが、安全である。 ・園庭の設定、一見安全に見えて、危ない場合もある。

[社会館] 園庭

室内
・床が畳と木。 ・床は木のみ。
・椅子や机・棚が全て木。 ・机・椅子等がきれいに加工されたもの。
・決まった椅子がなく自由に使う。 ・1人1人に決まった椅子がある。
・室内遊具が少ない。 ・室内遊具が多い。遊具で遊ぶ子が多い。
・壁面構成がない。 ・壁面構成がある。子供の誕生日表がある。
・保育室に、担任が選んだ絵本が置かれている。
 2000冊蔵書の子供専用図書室がある。
・各保育室に子供の手が届く絵本棚がある。
・高さを調節できる特注の木の椅子。 ・木と鉄で出来た普通の椅子。
・年度初め3歳のみ机に名前がある。 ・机に1人1人のマークや名前がある。
・1人1人に拾ったもの何でも入れられる宝箱あり。 ・ロッカーに入れるか持ち帰る。
・乳児室に段差・坂がある。 ・段差なし。障害物なし。

[社会館] 乳児室の段差・坂

おもちゃ
・園庭にたくさんガラクタがある。 ・室内にたくさん、市販のおもちゃがある。
・人形やぬいぐるみがない。 ・ままごと用の人形・ぬいぐるみがある。
・乳児用はほとんど木製 ・乳児用はプラスチック製。
・玩具の取り合いが、特に3歳以上で、少ない。 ・玩具の取り合いが多い。

[社会館] 園庭のガラクタ

生活
・室内外で、裸足で生活。 ・室内外とも靴下で生活。上履きがある。
・3・4・5歳児が雑巾がけや掃き掃除。 ・掃除は保育者がやる。
・各自の布団で昼寝。 ・午睡用マットで昼寝。
・片付け 子供は1日1回。 ・遊ぶ度に片付ける。
・乳児は(トレーニング)パンツで生活。 ・乳児はおむつで生活。
・下駄箱1人1人の区切り記名なし ・下駄箱1人1人区切り記名あり。
・移動 先生が先に移動。子供は各自の判断で移動。 ・室内でも背の順に並び全員で移動。
・子供達、4月以外名札なし。 ・一年中名札をつける。

[社会館] 朝、昨日の続きから遊べる

食事
・晴れれば簀の子・屋外。 ・毎日保育室内。
・机を、台布巾で拭くのみ。 ・未満児の机はアルコール消毒。
・食べる席は自由。 ・食べる席は決まっている。
・4・5歳児達は、簀の子に正座して食べる。 ・全児が椅子で食べる。
・準備が出来た子から食べる。 ・全一斉に「頂きます」して食べる。
・食べ終わった子から立つ。 ・全員一斉に「ごちそうさま」して立つ。
・献立は和食が多い。 ・献立は、和食・洋食など多彩。
・ソースを含めて添加物なし。 ・添加物を使用している。
・食器が陶器で無地 ・食器がプラスチックで絵が付いている。
・離乳食、一品ずつスプーンがつく。
 cf.「”真逆” 離乳食編」
・1つのスプーンで離乳食全品を食べる。
・残食が少ない。11月頃から残食なし。 ・1年中、残食が少なくない。
・水・茶(4歳以上)をヤカンから子供が注ぐ。 ・水・茶を保育士が注ぐ。全員手はお膝。
・4歳6月からおかずは自由盛り。 ・自由盛りはない。
・自校給食。 ・外部搬入。(幼稚園)
・七分搗き米 ・白米
・セロリがそのまま出る。皆おいしいという。 ・ブロッコリやトマトはそのまま出た。

[社会館]離乳食、一品ずつスプーンがつく

遊び
・晴れれば園庭で遊ぶ。 ・室内と園庭と両方で遊ぶ。
・泥・水遊び大好き。裸足で遊ぶ時の皮膚感覚を重視。無菌状態にしない。子供たちを「実験室の無菌豚」にしない。 ・暑いときに砂場で少し水遊び。泥遊びはしない。砂場の殺菌をこまめにする。
・自分で遊びを見つけて遊ぶ。 ・固定遊具で遊ぶ子が多い。
・4・5歳児で水を嫌がる場合、無理にやらせない。水恐怖にさせてしまわないために。他の仲間たちの動きを見ていて、自分から動き出すのを、保育士は根気強く待つ。
・服を脱いでパンツのみで遊んでも良い。 ・服を着て遊ぶ。
・つもり・見立て遊びが中心。 ・遊具・人形・ブロックで遊ぶ傾向。

[社会館] 泥・水遊び大歓迎

散歩
・雨以外毎日。 ・あまり行かない。
・目的に行くまでの途中の発見も重視。 ・目的にたどり着くことを重視。
・0歳児から行く。 ・5歳児しか行かない。
・子供同士で手を繋ぐ。 ・1・2歳児は散歩ひもに掴まっていく。
・楽しくなるような声かけ、応援。 ・速く歩くように背中を押す。
・転んでも泣くことが少ない。大きなけがをする子がいない。 ・よく転ぶ。走るとつまづく。つまづくと泣いて先生のところに行く。

[社会館] 街中にいる社会館っ子たち

社会性
・喧嘩は子供達自ら解決しようとする。 ・保育士の援助によって解決する。
・子供同士助け合いの行動が多い。 ・助け合いの場面は少ない。

[社会館] 喧嘩は子供達自ら解決しようとする

喧嘩
・(実習中)1日に5回見た。 ・あまり起きない。
・2歳児、すぐに小競り合いがはじまる。
先生は気を付けながら放置。子供達は数分後には仲良く何かやっている。
・2歳児の小競り合いは先生がすぐ止める。
園長から・・・
●「今泣いたカラスがもう笑う」のが2歳児
2歳児の葛藤耐性が特に強く設計されているのは、何気なく頻発する行き違い・喧嘩・トラブルが数分後には回復される体験を通して、子供たちの復元力・回復力の根っこを張らせるため。「世界は、こちらが恐れるほどに薄情でなく、敵意も悪意もないらしい。自分は必ず守られ、祝福されている。」と子供達に思い込ませること。子供達の、安心・自己信頼は、葛藤・混乱状態からの脱出・復元の体験を重ねて、強化されるべきだ。
端的な「安全・安心」は1歳で終わり、2歳になった子供たちは、「ドラマ」を生きるのがよい。
●感情は表現されて成熟する
親・保育士の目を気にせず、子供たちは、無意識かつ自発的に自己感情を顔に出すことが保証されるべきだ。「泣いてよいか、笑ってよいか」と保育士・親の反応をうかがう子供達は、その感情を成熟させられず精神の二重化・分裂に苦しめられる。
泣くこと、怒ること、笑うこと等、感情表現の極点=感情爆発の結果が「ケンカ」。「ケンカ」は大切な感情熟成の本道だ。
保育士
・子供が泣いても少し様子を見る。 ・子供が泣いたらすぐ駆けつける。
・子供達の喧嘩、基本は見守り、子供に任せる ・子供達の喧嘩はすぐ止める、仲裁する
・子供達の喧嘩、先生はあまり話に入らず、泣いている理由を聞いて「痛かったね」というくらいだった。 ・当事者の子供たちを別の部屋に移しじっくり話を聞く。うやむやにしないようにしていた。
・子供から「頼られる保育」を目指さない。子供達が、我慢強く自己解決する機会を、子供達に保証する。 ・子供達から,彼らが泣いたとき、「頼られる存在」になる。
・全保育士に非常時の判断力・行動力が必要。 ・非常時の判断は、先輩保育士がする。
・誰かが押されて泣いても「わざとではない」と受け止める。押した子の悪意を読み取らない。 ・悪意がなくても「押したこと・悪いことは悪い。」と受け止める。
・緊急の時でない限り、事を荒立てない。誰がしたかも追求しない。 ・どのような場合でも事の正邪・善悪をはっきりとさせる。
・非常時(避難訓練)以外、個別指示が原則 ・常に全員を集めて一斉指示
・寝かしつけなし(4月・2歳後半より) ・全クラス寝ない子の寝かしつけをする。
・名札なし ・名札をつけている
・職員のエプロンは2歳児まで ・エプロンは全クラス
・園庭で子供を見ながら昼食 ・未満児クラスは午睡中に昼食
・言葉で指導するより、子供達の自発的な気づきを優先させる。 ・先ず説明・指示がある。子供の気づきに先まわりして、指導することを重視。
・3歳以上、ガキ大将・仲間に見える様に振る舞う。 ・先生・指導者に見える様に気をつける。
・年長で4月から11月まで保育士は呼び捨て。 ・保育士を「○○先生」と呼ぶ。
・手遊び 童歌中心。 ・手遊び 童謡中心。
・位置は自由。水たまりが「浅くても、子供は溺れる」危険がある~が水遊びのときの注意点。 ・指定されたいつもの自席で受けとめる。
・アイコンタクト できた子もまだできない子も平等に目をかける。 ・平等な目配りは、意識してないと難しい。
・苦手な子を意識化する。声掛け目線を多めにする。一日の中で1回はきちんと向き合うように心がけている。 ・苦手な子を避ける。
・子供の苦手意識はその子の変身のチャンス。
苦手意識はあっていい。
周囲の子たちがその子を馬鹿にしたりせず、応援したり協力したりしてその子ができたとき、その子よりも周囲の子たちが喜ぶ集団を作る。

[社会館] リズムでは先生も一緒に

絵画(課題画)
・「雪国面白かったね。絵を描いてみようか。」漠然とした誘導によって自由な発想で書く。 ・明確な意図を持った、先生のお手本(色・形)を真似る。
・子供達の好きな絵を自由に描く。 ・先生に決められた絵を描く。
・画面一杯に書く。 ・紙の中央部に書く。
・多色多彩虹色も描く。 ・一色で塗る。
・黒のマジックで輪郭を描く。絵の具で塗る。 ・クレヨン・色鉛筆を使う。
・木や雲でも、カラフルに描く。 ・「空はどんな色?」と先生に誘導されて「水色。」と答えながら水色で描く。
・自分の絵だけに集中している。 ・隣の子の絵を気にし、同じ絵・色にしようとする。

[社会館] 絵画

絵画(自由画)
・1人1人が自由画の保存棚を持つ。 ・1人1人が自由画帳をもつ。
・描いた絵の物語を、絵の余白に、先生に詳細にメモして貰う。 ・作品を見た先生は、漠然とした感想を言う。

「真逆」についての考察

〇ある実習生が「社会館の保育は他の実習園とは『真逆』かもしれない」と表現した

数年前、実習生との質疑応答の席で、「真逆」という表現を使ったのは、1人の実習生だった。「社会館の保育は、今まで受けた実習園と違うことがある。その違いは『真逆』かも知れない。」といわれて、園長宮﨑は、驚き、とても興味を持った。
元々、学生時代文学部哲学科にいて『対立』『矛盾』が歴史の大展開のきっかけになるという考え方に、私はなじみがあった。「いつの間にか、社会館保育園は他の幼稚園・保育園とは違う・・・・どころか対立・矛盾するやり方をするようになっているのかも知れない。」と気付いた私は、この数年来、10日前後の実習が終わった学生達に「今まで見てきた保育園・幼稚園と、違うことがあったらメモしてみてくれませんか。」とお願いするようになっていた。
もちろん全部の学生達が「対立・矛盾」に気付くわけではなかったので、強いて事前に注意を喚起して「矛盾・対立」を探すようにお願いしたわけではなかった。
そしてこの数年間に8名ほどの学生達が、「違い」「真逆」というテーマのメモを残してくれた。10日ほどの観察であるから、学生達の指摘は時に表面的であったり、誤解であったりしているが、それらを微修正した上で、私は上記の通り対比の一覧を得た。

〇対比表からは人が陥りがちな3つの錯覚が読み取れる

給食関係の「真逆」の資料を私は得ている。保育関係でも未だ他にあるように思えるが、今回は、実際の実習生のまとめから上記の「対比表」を得た。
そこに明白に読み取れる人が陥りがちな3つの錯覚は、
1.「どろんこ」さえやらせていれば、社会館保育園の保育が成立する、は錯覚。
2.「里山保育」があるから社会館保育園の保育は成立する、は錯覚。
3.「リズム」があるから社会館保育園の保育は成立する、は錯覚。
同じサクランボのリズムをやっているのに、子供達が全く違うという例を石川県と千葉県で聞いている。
何をやるかは重要だが、どうやるか(幼児達の自発性・内発性・個別性・共感性と一瞬の状況判断)も同じく重要であることがそこに明らかにされている、と私は受け止めた。

〇保育を「どうやるか」の最大の切り口とは

最大の切り口は、子供達の心情・意欲・態度。今風に言えば「非認知的能力」。
イ. 心情が見えているのは、絵画。
ロ. 意欲は、「泥・水遊び大歓迎」「自分で遊びを見つけて遊ぶ」遊び場面。
ハ. 態度は、「子供同士助け合いの行動が多い」社会性に見て取れる。
ニ. 非認知的能力の中で第一課題は、復元力。
社会館で「喧嘩は子供達自ら解決しようとする」。喧嘩という、混乱、混沌状態にめげず、その解決を意図する子供達の精神力は、まさに復元力と言って良い。

いかなる混乱状態におかれても、その解決の道筋を予感する楽観性、忍耐力、自己判断力、構想力は、日常的に軽重ない交ぜに、混乱・混沌・整頓・秩序場面におかれることで、子供達が状況判断・自己決定を繰り返しながら養われていると、園長宮﨑は想定する。
大人の指示を待たずに、瞬間的に決断をする無意識レベルでの対応能力を、社会館は養成したい。自己中心でなく、自発性と良心を以て、皆共に幸せになる道を求めて。

〇「対照園」は40年前・30年前・20年前の社会館であった

社会館と対照園との比較表を読み始めて数日、「対照園」とは、40年前・30年前・20年前の社会館であったと、私は気づいた。

40年前、社会館。
 園庭は1年中真っ平らであった。
 園庭、遊具などの配置は一年中変わらなかった。4月に毎年ユンボが入って大改造、なんていつ園長宮﨑は思いついたんだろう。
 
 33畳のお座敷の部屋以外、全保育室が板の間であった。
 壁・窓には壁面構成があった。それは年度初めの先生方の腕の見せ所だった。
 園児の座る椅子は1年中、名札や目印によって指定されていた。
 下駄箱も同じ。
 室内の掃除は、午後3時半の保育終了後、職員がやっていた。
 
 片付けは、1日3回(朝の体操の前・昼食前・午後のおやつの前)は子供達が先生と共にしていた。
 園児の名札は1年中、子供達の胸に必携。
 先生を子供が呼び捨てにするなんてあり得なかったし、園児らがその座り場所を自分で決めるなんて事もなし。
 
 絵の彩色は、クレヨン、紙は白い画用紙であった。一時、紙版画を重視したが、いつの間にか、廃れた。
 1人1人が自由画帳を持っており、そこに保育士が、子供の思いを書き付けるなどしていなかった。
 
 食事は全員一斉に「頂きます。」をし「ごちそうさま。」を言っていた。
 5歳児でも、先生にお茶をついで貰っていた。
 給食の献立を、和食中心するなんて、園長は考えもしていなかった。まして添加物・調味料への配慮など、全くなかった。
 3歳未満児の主食は白米、4歳児におかずを自由盛りさせようなんて思いもしなかった。
 
 子供達が、散歩に毎日行くなんて、全く園長は思い及ばず。
 散歩ひもも使っていた。
 外遊びを奨励するよりも、
 室内でのカラフルな組み立ておもちゃ遊びに園長は気を取られ、フランス製・ドイツ製のプラスチックおもちゃを多量に買い集めていた。
 
 子供同士の喧嘩・トラブルは、ない方が良いと受け止められ、
 1歳児の噛みつき段階から、争いは厳しく制止されてきた。
 子供達が争い、誰かが泣けば、できるだけ速やかに、保育者は対処すべきであったし、
 子供達が喧嘩を仲裁するなんて想定外だった。
 
 大人からの指示は、大きな声で一斉に出されるべきで、1人1人に囁くように指示を出すなどというまだらっこしい方法はなし。
 子供達は、常に先生の大きな声に反応していれば良かった。
 
 上履きを常に履いていたので、正座場面はなし。
 廊下を走ってはいけなかった。

対照園の欄に集められている全ての記事がここに再録されているわけではない。しかし、驚くべし、社会館(左)欄と対照園(右)欄のたくさんの対比項目は、今現在、対立並行しているように見えるが、実は(右)から(左)に、社会館保育園の中で、1つ1つ園長主導で検討され、修正・改善されてきたものだった。
つまり社会館も、過去に対照園と多くの場面・切り口で同じことをやっていたのだ。

だから上の表は、園長宮﨑が歴代の職員各位のご理解ご支援を頂いて、職員各位によって、身をよじるようにして変えて貰ってきた結果であった。
表題には「試行錯誤」と記したが、「錯誤」はほとんどなかったと受け止めています。むしろ一貫した「子供たちへの願い」があった、と改めて思い起こします。
その願いを1つ挙げれば、「子供たちが、一心不乱に」遊んでいるか、ということでしょうか。
全国保育関係組織月刊誌の巻頭グラビアの撮影で、470園ほどの保育所を見てこられた写真家「島田聡氏」が、社会館の園庭に展開する子供たちを見て、「撮影したいと思わせられた瞬間がいくらでもあって慌てた」という趣旨の言葉を、本園創立80周年記念写真集の1冊に吐露されていることを思い出します。あれこれ色々とやってきたように見えるかもしれませんが、そこにあなた様が、変わらぬ通奏低音を聞き取っていただけることを心から期待します。

おわりに

上記の「真逆」表に、あなたが園長宮﨑の「一貫した意図・狙い・積リ」をいかに読みとっていただけるかは、とても気になることでありますが、当園のホームページのあちこちに(「参考文献」等)に、そのヒントを見つけて頂ければ幸いです。

 2020年3月3日

補 「一貫した意図・狙い・積リ」とは  ( 社会館園長 宮﨑栄樹 )

 ① 子供達の無意識・感情・思想が常に内発的であること。
   大人が子供達を誘導せざるを得ない事柄でも、子供達は、自分が誘導され大人のロボットにされていると思わないでいられるこ
   と。
   それは子供達が錯覚させられているだけだ、と言われようとも、子供達は、自己原因性(自分が世界の変化の原因に
   なっている)感覚が保証されていると自分で思えること。
   自己原因性感覚こそは、人が人生の責任主体として自己を引き受ける前提条件だから。
   自分が責任の主体であることは、さらに、想定を超える「未来への期待と問題解決への自信」を子供達にもたらしてくれる。

 ② 子供たちが漠然とした自己信頼=自信を持つこと。
   そのために、子供たちは、9歳までに、大小を問わず、困惑・葛藤・挫折・回復・復元体験を通過すること。
   挫折・復元体験を通して、決断・意志することの手応え・醍醐味を子供達は気づくべきこと。
 
 ③ 以上の涵養のために、子供たちの時間が細切れにされる「場面転換」を1日数回に減らした上でもう一工夫。
  「場面転換」をするときにも大人達は、「場面変化」に何らかの内的な連続性を工夫し、仕組むこと。
   例えば「遊びから食事へ」の転換には、空腹という連続性が有効だ。食事メニューへの期待感も効果的だ。
   大人はだから、例えば「空腹」「期待」を保証しなければならない。
   保育士から何らかの指示が出されたとき、「待ったました」という反応が子供達から出るのがよい。
 
 ④ 保育士たちは、子供達をガリレオ力学の単体問題のように、バラバラの存在として見ないように気をつけること。
   子供たち1人1人は多体・共同体・複合体・流体の1つの分子として受け止められるほうがよい。
   1人の子供の出来事を、その子にだけ帰することなく、数名の仲間たち・クラス全員の出来事として理解しようとする。
   運動会での逆上がりができない仲間たちに対して、
   他の子供たち(全員でなくてよい。)が我がことのように心配し、励まし、
   できたときに本人以上に喜べる多体・共同体・仲間たちがよい。
   一人の子が、泣きながら頑張って、運動会前日にふっとできたその瞬間、本人は、何が起きたか分らず「きょとん」
   としている。その脇で、仲間達が大喜びをするだけでない、
   たまたま迎えに来たその子の親に、真っ先に「〇〇ができた!」と友達が報告に行く。
   これを社会館の親たちが見て「なんだなんだ?」と戸惑う。とても不思議、素敵なシーン。
  

 2020年3月22日

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