14 父母の会

(1)父の会の活躍は鯉のぼりから始まり「天狗の栖」まで
(2)ある日朝突然「園庭に雪山」が現れる
(3)保育の中に「お父さん先生」現れる

父母の方々が社会館保育に携わって下さる。大変ありがたいことです。

(1)父の会の活躍は鯉のぼりから始まり「天狗の栖」まで

1991年度から、父の会の大活躍が開始。
まず矢那川を横断してロープを張り10匹の鯉のぼりを泳がした父の会は、園庭の鈴掛の木に「秘密基地」を作ってくれた。
2009年2月元父の会会長谷口彰嗣氏が谷口工務店の仕事として、古くなった「秘密基地」の代わりに巨大な「天狗の栖(すみか)」を製作、寄付して下さった。
谷口工務店の傑作は「ゆりかもめ」東清分館にもある。分館の50坪のホールに、間口4間の巨大な戸棚迷路を製作し寄付して下さった。「天狗の栖(すみか)」は5歳児用。「戸棚迷路」は3歳児用。どちらも、子供達の心身を刺激活性化させてくれる木材を、ふんだんに使った名作だ。

父の会の結成は、母の会会長であった池田さんの呼びかけに始まる。その夫君が初代の会長になって下さって、主に運動会のお手伝いをお願いするようになっていた。その父の会の活性化のために、園長宮崎が発案したお仕事が、矢那川横断の鯉のぼりであった。これは大変な仕事で、約20名の父達が参加するプロジェクトになった。朝になったら鯉たちが川の中を泳いでいたり、大風で鯉たちが絡まってしまったり、色々と改善の苦労があった。最初は珍しかったが、あちこちでより大規模な鯉のぼりが泳がされるようになったことに加えて、対岸の支えを提供して下さっていたいずみ旅館から、協力を辞めたいと申し出があったので、「この辺が潮時」とあっさりと私は辞めることにした。17年間の大プロジェクトであった。父の会の皆様に心から感謝します。

天狗の栖にのぼる

天狗の栖なので人間用の足場はありません

(2)ある日朝突然「園庭に雪山」が現れる

1992年度、園庭に雪の山。(これは突然始まって、あっという間に膨らんだ。)
1993年2月、父の会会長八十島和寛氏が企画手配の一切をして下さって、園長のみの事前了解の許、ある日朝突然、園庭に新潟からダンプが雪を山盛り一杯運んでくれた。朝、登園した子供達も職員達もビックリ仰天の大騒ぎになった。

1994年2月、父の会会長荻野敬次氏は、青少年相談員の組織を使って、木更津市のバスを借りて下さり、水上の民宿「みちのく」にくじら組を1泊で招待してくれた。渋々ついて行った園長は雪国が持つ可能性に気付き、翌年から社会館が一切を計画し2泊3日の卒園旅行とすることになった。大島に行きたいが海は怖いと迷っていた私は、荻野会長のお陰で、気持ちの迷いを吹っ切ることが出来た。

水上の雪の中では、スキーなどはやらず、昼夜を問わず、ひたすら雪の森の中で遊ぶことが基本の構想として始めから確立されてきた。ある保育園は、社会館を真似て雪国に行き始めたが、スキーをやっているらしい。私達は、子供達がその生涯に二度と出来ない凄いことを(とは言っても中身は素朴なこと。昔の雪国の遊びでしかない。)して上げたいと拘っている。札幌で5年間の学生生活を送らせてもらって、バス定期を買ってスキー場に通った人間としての精一杯のサービスだ。いつでも誰でも出来ること、当たり前のことはさせない。もっと素敵なことをさせて上げる。勿論、雪中行軍などの大冒険ができるのは、社会館父の会より会長始め父達7・8名が、はるばると、水上まで後方支援に同行して下さるからだ。 

2016年1月18日社会館23回目の雪国保育園。木更津駅8:15初の特急で出発。上越新幹線で上毛高原にて下車。今回は数日前まで雪がなかったのに、土曜日からの大雪で、駅から乗ったバスは真っ白の世界に入っていった。民宿みちのくは、ご主人もおじいさんも今はなく女将とお嬢さんとその孫の3人でのやりくり。近くの幸知小学校と保育園は生徒がなくて廃校、小学校校舎もついになくなってしまった。

社会館雪国保育の専用ゲレンデは、利根川源流を渡った向こうの山の中。東京電力が設置してくれている一本橋を渡るのだが、その橋が更新工事中で、向こうの雪山に渡れない。というわけで今回は、23回目にして初めて、夜間の肝試しも、雪中行軍も打ち上げ花火も全く別の利根川の大河原でやることになった。もちろん約2メートルの雪の覆われて、まっしろ。雪なしの時の事前踏査なしのぶっつけ本番であったが、父の会のご支援もあって、無事終了。第2のゲレンデの可能性を発見できた23年目の雪国保育となった。

が利根川源流の一本橋を渡って入ってゆく雪の森の魅力は圧倒的。来年からどうするか。それは次のお楽しみ。

(3)保育の中に「お父さん先生」現れる

1994年度から、お父さん先生を本格化した。
くじら組のお父さん方に、1年に1回お休みを取ってクラスにはいることを提唱。お母さんはダメと始めから私は判断していた。授業参観も保育参観もウソっぽいと感じていた私は、1日保育に参加して頂けるなら、リピーターもあるかも知れないと見込んだ。
今、年間3回くらい参加される父親もいる。はまるらしい。有り難いことだ。特に母子家庭のお子さん達に、父親達は歓迎されると私は受け止めている。

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