11 制服はパンツと泥!?

(1)同じリュックサックなのにみんな違う
(2)上履きを履いていては土踏まずができない
(3)園ではスモックは不要だ

濡れること汚れることを気にせず一心不乱に遊ぶ子どもたち。
それが日常。

(1)同じリュックサックなのにみんな違う

1979年度、迷いながらも肩掛け鞄をリュックサック式の鞄に変えた。当時自転車での送迎が主流だった。自転車の荷台の子供が肩掛け鞄を、走行中に肩から外してしまうことがあって危険だった。私の保育イメージでは、肩掛け鞄は小さすぎた。市販のリュックサックでも良かった。がスモックの廃止を考えて、出かける時の統一イメージを確保するために統一された鞄、リュックサック式の鞄を選んだ。
全園児がお揃いの紺の鞄を背負っている姿に抵抗を感じる方がいる。皆がそれぞれ好きなリュックザックを背負っているのは、さくら保育園のやり方だ。私は、多様性の中に部分的な統一性があることを良しとした。それぞれの鞄にアップリケなどを付ければ、鞄の個別性は担保されるではないか。

(2)上履きを履いていては土踏まずができない

〇上履きの廃止
幼稚園の源像は学校であり、保育所のそれは乳児室だ。乳児は上履きを履かない。家にいても普通日本では裸足(含足袋裸足)だ。床が畳であればなおさら上履きは不自然だ。土踏まずが出来ない原因として靴の履きっぱなし生活が上げられていた。土踏まずを作るのには、裸足での雑巾掛けが推奨されてもいた。足は拘束されなければ、扇形に広がって成長する。小指の変形も起きない。上履きを履いていると床面の不快さに鈍感でいられる。裸足では、床は綺麗にせざるを得ない。

1981年度の上履き廃止から、室内での裸足は、園庭での裸足に繋がっていった。室内から気楽に子供達は裸足の儘外に飛び出していくようになった。足を洗うための沢山の足洗い場は、子供達の水遊び場となり、水遊びの流行は、子供達を裸に誘導した。「パンツ一丁」はこうして何年もかかって定着していったものだ。私の関心は土踏まず=親指の形成にあった。そのために常時裸足が奨励され、園庭で裸足ー砂遊び・水遊び-泥遊び -泥水遊びと子供達は徹底指向性を発揮。
そこに職員の一言、「洋服が汚れるから、パンツ1丁になろう。」で現在の保育になった。

〇たどり着いた「パンツ一丁で泥だらけ」
今の謂わば「はだか保育」は結果であって、目的ではない。幼児達にとって、はだかで集団活動する「裸の付き合い」の精神的な意義はあとからついてきた気づきだ。自閉傾向、引きこもり傾向が強まるばかりの現代日本にあって、「裸一貫」の自己をお友達の中で、日々、生き遊び自己発揮することの有効性は明らかだ。むき出しの姿は、子供の「心そのもの」をお友達に向けてむき出しにする。「パンツ一丁」の子供達が、心と心を触れあい、ぶつけ合い、擦(こす)り合い、時に傷つけ合っているとしたら、その精神は相当に切磋琢磨され鍛錬陶冶されていくだろう。

しかし社会館は「はだか保育」の保育園と言わない。裸体操をしないし乾布摩擦もしない。
大事なのは、ア裸足であり、イ濡れること汚れることなのだ。
だからむしろ裸になる前に、衣服をびしゃびしゃドロドロにして、尚全く気にせずに遊び続ける子供達を、私はとても尊く羨ましく愛おしく受け止めるのです。「あらあらこんなに汚してしまって!」と母に言われて、パンツ一丁にされて、また懲りることなく遊びに行く子供達が日本国内に溢れてほしい。一心不乱の時間が長い子が好ましい。濡れ汚れることを恐れ、戦々恐々と生きる子供達が痛ましい。
「汚いは綺麗。きれいはきたない。」マクベス:シェークスピア

(3)園ではスモックは不要だ

ヨーロッパの国々の公務員達が、鉄道関係や警察関係を除いて私服であることは、とても印象的なことだ。公務員の一色に塗られたマントに隠れずに、彼等は一人一人自立しているという印象が爽快であった。
ユニフォームを最初に使ったのは、軍隊・警察そして刑務所の職員及び囚人達。目的は、個性をなくして、その一色の存在理由を集団で発揮させるため。

1988年度、一色に染まる必要がない保育所・幼稚園の子供達が、ユニフォームを着る必要性はないと私は判断した。園側はユニフォーム=園服の「汚れを防ぐため」といいながら、登園すれば園服を脱いで暮らしているのだから、やはり保育上の目的はないのだ。帽子を含めて、その子の存在を確認しやすくしているとも言われるが、都会の雑踏の中に入っていくのなら分かるが、園の庭では不要だ。
帽子の色でその子供の所属クラスを判別している保育士は専門家といえないと私は考える。そんな認識力の保育士等に我が子を任せたくない。子供達の帽子の色で保育をするという発想を私は忌避する。保育所は刑務所ではない。

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